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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)5898号 判決

原告(反訴被告) 松本きく江

被告(反訴原告) 藤坂絹子

主文

1、被告が別紙目録第一記載の宅地につき、持分二、六二二分の一、五五六のうち、八七六の賃借権を有しないことを確認する。

2、その余の原告の本訴請求および被告の反訴請求を棄却する。

3、訴訟費用は本訴に関する部分を二分してその一を原告、その他を被告の各負担とし、反訴に関する部分は被告の負担とする。

事実

原告(反訴被告以下単に原告という)訴訟代理人は、「被告(反訴原告以下単に被告という)は原告に対し、

(一)  別紙目録第一記載の宅地(以下単に本件宅地という)について、持分二、六二二分の一、五五六のうち、持分二、六二二分の八七六の賃借権の存在しないことを確認する。

(二)  昭和三九年七月一日より別紙目録第二記載建物のうち、(イ)(ロ)記載の建物部分を収去するまで一ケ月七千五〇〇円の割合による金員を支払わねばならない。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決および請求の趣旨第二項について仮執行宣言を求め、請求の原因として、

「一、昭和三二年一一月一日、原告は原告所有別紙目録第一記載の本件宅地を、建物所有の目的をもつて、昭和三二年九月一日より二〇年間、賃料一ケ月一万五千円の割合で毎月末連帯して持参して支払うとの定めで被告、訴外株式会社ゲーエンターテーメント(以下単に訴外会社という)、同桔梗トミ子、同株式会社共和商会に賃貸し、被告および右訴外人等は、右宅地上の別紙目録第二の一記載の建物を別紙目録添付図面記載のとおり区分所有していた。

二、そして、その後間もなく原告および右四名間で、右建物の総面積と右四名各自区分所有する建物面積との比率で本件宅地について個別の賃貸借関係を成立させることとし、賃料支払義務も前記一万五千円について右比率で個別に分割され、訴外会社の右宅地賃借権は本件宅地のうち、二、六二二分の八七六について成立するに至つた。

三、昭和三五年五月四日、訴外会社はその区分所有する右建物別紙目録第二の一(イ)(ロ)を被告に譲り渡し、よつてその建物敷地である本件宅地の二、六二二分の八七六の割合による賃借権を原告の承諾なく被告に譲り渡し、被告は訴外会社より譲り受けた右区分建物を占有して右宅地を使用している。

四、原告は昭和三七年八月二一日到達した書面をもつて訴外会社に対し、前記宅地賃借権の無断譲渡を理由として、民法第六一二条第二項の規定により前記宅地賃貸借契約を解除する意思表示をした。したがつて、被告が右訴外会社から譲り受けた右区分建物面積に対応する前記割合の本件宅地賃借権持分は消滅し、被告は同区分建物を本件宅地上に所有する権原を有しないものである。

五、よつて、原告は被告に対し、右消滅にかかる本件宅地の賃借権持分二、六二二分の八七六の存在しないことの確認を求め、かつ、被告が訴外会社から譲り受けた前記区分建物を収去するまで一ケ月七千五〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。」

と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として請求原因一、記載事実、被告が訴外会社から原告主張の区分建物を譲り受けた事実および訴外会社が原告からその主張の解除の意思表示を受けたことは認めるが、その余を争うと述べ、反論として、

「一、原告とその主張の四名との間の本件宅地賃貸借は同四名連帯の賃借義務に属するものであつて、右四名の建物区分所有による本件宅地使用は単なる内部的使用区分に過ぎず、いまなお、右連帯関係は解消していない。

したがつて、右四名に属する訴外会社と被告との間で本件宅地上の前記区分建物の所有権移転がなされたからといつて、その区分建物に対応する賃借権なるものはなく、四名共にその区分建物敷地の賃借人であるから、賃借権持分の異動または譲渡はあり得ない。したがつて、右譲渡を前提とする原告の請求は前提を欠き失当である。

二、仮に、原告主張のとおり、右四名がそれぞれ本件宅地について賃借権を有するものとしても、それは賃借権の準共有というべきであり、次のごとき事情のもとに、訴外会社が右準共有に属する右賃借権の持分を被告に譲渡したものであるから、これをもつて賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情がある。すなわち、

(1)  別紙目録第二の一、記載建物はもと訴外東野幾助の所有であり、被告、訴外会社、訴外桔梗、同共和商会、同真鍋安子が右建物を別紙目録添付図面記載のとおり占有していたが、昭和二九年頃、原告から建物所有者訴外東野および右建物各占有者に対し建物収去、建物退去土地明渡請求訴訟が提起され、昭和三二年一一月一日、右当事者間で次のごとき定めで訴訟上の和解が成立した。

(イ) 訴外東野は、被告、訴外会社、訴外桔梗、同共和商会に別紙目録添付図面記載の建物各部分を区分してそれぞれ売り渡し、被告および右訴外人等は連帯して代金五一万五千円を訴外東野に支払うこと。

訴外東野を除く右四名は和解金として三〇五万三千一〇〇円を連帯して原告に支払うこと。

(ロ) その他原告が、当初原告と右四名間で成立したとする賃貸借を成立させること。

(2)  そして、右和解にもとずき、被告および右訴外人等計四名は連帯して訴外東野に建物代金を、原告に対し和解金をそれぞれ支払いかつ、賃料を取りまとめて相当期間支払つて来た。

(3)  以上のように右四名は連帯して義務を履行し、したがつて連帯的な権利者であつたが、右建物について原告主張のとおり区分所有の登記をし、いつの間にか個別に賃料を原告主張の按分比率で直接原告に支払うようになつたのである。

(4)  右状況の変化をもつて原告主張のとおり賃借権が按分による個別のものとなつたとしても、右四名所有の区分建物は二階建のそれぞれ一部であり、上下階互に混然としていて、各区分建物に対する本件宅地賃借権の範囲が特定していないのでその賃借権は単なる按分比率による持分たるに過ぎず、そのうち一区分建物が他の者に譲渡されたからといつても、別段敷地の利用状況に変動はなく、単に賃借権の持分に異動が生ずるのみである。

(5)  また、右経過によつて本件宅地賃借権の準共有持分が特定されたとしても、その持分の多少を原告においてなんら意に介せず、たまたま右四名の区分所有していた建物面積を準共有の持分の割合に利用したに過ぎず、同持分の異動は原告の利害にさしたる関係がなく、民法第六一二条第一項にいう賃借権の譲渡に当らないし、同条第二項にいう第三者に使用収益せしめた場合に当らず、また賃貸人の利害に影響を及ぼさない。

三、以上の理由により、原告の訴外会社に対する前記賃貸借契約の解除は無効であり、原告主張のように本件宅地賃借権の持分が個別化しているとしても、被告は訴外会社から前記原告主張区分建物を譲り受けて、それに対応する本件宅地賃借権持分をも譲り受け、これをもつて原告に対抗し得るものであるから原告の本訴請求は失当である。」と述べ、

反訴請求として、「被告は別紙目録第一記載宅地について二、六二二分の六八〇のほか、二、六二二分の八七六の割合による賃借権持分を有することを確認する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、本訴に対する答弁および抗弁のとおり、被告は訴外会社から譲り受けた原告主張区分建物に対応する賃借権を有するものであるが、原告はそのことを争うので、被告が本来有する賃借権持分二、六二二分の六八〇のほか、右争いある持分二、六二二分の八七六について確認を求めると述べた。

原告訴訟代理人は、反訴請求棄却の判決を求め、本訴に対する被告の抗弁および反訴請求原因に対する主張として、本訴請求原因と同様の陳述をなし、原告と被告外四名の者との間に被告主張のとおりの和解が成立し、その和解に基づく金銭支払がなされたこと、被告が従来その主張の割合による賃借権持分を有することを認めた。

本訴、反訴の証拠〈省略〉

理由

一、原告とその主張の被告外三名との間に被告主張の経過で本件宅地について被告主張のとおりの賃貸借が成立したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証、同第三号証の一、二、同甲第六号証の一ないし三、証人菊島菊若、被告本人尋問の結果によれば遅くとも昭和三四年三月二〇日頃には原告と右被告外三者との間に原告主張のとおりの持分割合による本件宅地賃借権が個別に成立したことが、認められるので、被告外右三名の本件宅地賃借権が連帯借地の関係にあることを前提とする被告の主張はすべて理由がない。

二、そうとすれば、被告外右三名の本件宅地に対して有する賃借権は、いわゆる賃借権の準共有というべきところ、被告が原告主張のとおり訴外会社からその所有の区分建物を譲り受けたことは当事者間に争いがないので、右認定の事実からすれば、被告は右区分建物所有権の譲受けに伴つてこれに対応する本件宅地賃借権の持分二、六二二分の八七六をも譲り受けたものというべきであり、そのことについて原告の承諾を得ていないことは被告において明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。そして右持分の譲渡といえども、賃借権の譲渡と異別に扱うべき理由はなく賃貸人の承諾を得ない場合は特別の事情がないかぎり賃貸人たる原告において訴外会社に対し右持分に関する賃貸借契約を解除しうるものである。

三、そこで、右特別事情の有無についてみるのに、当事者間に争いのない、被告外前記三名においてそれぞれ区分所有するにいたつた建物の構造、間取り、前記認定の本件宅地賃借権の準共有持分が成立するにいたつた経過事情などを総合して考慮すれば、原告はもともと被告外前記三名の本件宅地上建物の使用区分、したがつて本件宅地の使用割合に深い関心をもつていなかつたことがうかがわれ、右四名の連帯借地関係が借地権の準共有持分関係に個別化された後において持分の異動が生じたからといつても、それによる本件宅地使用割合の変動ににわかに危惧の念をもつにいたる理由を解し得ず、右持分の譲渡が原告の承諾なくして行われたものである以上、譲渡人たる訴外会社に対しての地代請求権は依然として原告に存在すると解されることをもあわせ、右四名の間で右持分を譲渡しても、いまだ賃貸人に対し、賃貸借契約解除に価する程の背信行為をなしたものと認めるに足らず、前記特段の事情があると解するのが相当である。よつて、この点において、原告がその主張どおり訴外会社に契約解除の意思表示をしてもその効力は生じないというべきである。

四、しかし、右契約解除の効力が発生しないからといつて、右訴外会社と被告との間の賃借権準共有持分の譲渡が当然に原告に対抗し得られ、右譲渡によつて直ちに原告と被告との間に右持分に相当する賃貸借関係が成立するものとはいえない。すなわち、賃貸借は当事者相互に権利と義務とを併有するものであり、特別の法律上または契約上の定めがないかぎり当事者の承諾なくその交替が行われることはあり得ず、しかも本件の場合右法律上の定めのないことは明らかであり、契約上の定めあることについてはなんら主張立証もないからである。

右結論は賃貸借当事者の利害公平の面からも妥当することであつて、賃貸人不知の間に賃借権の譲渡があり、それが賃貸人にとつて契約解除の理由とならない場合当然に右譲受人において賃借人としての地位を取得するとすれば、新賃借人は直ちにその権利行使に関連する諸措置がとれるに反し、賃貸人は事実上依然として旧賃借人に対してしか権利行使に関する諸措置をとることができるのみであつて(現に前出乙第三号証の一、二、被告本人尋問の結果によれば、被告は前記持分譲受後も相当期間訴外会社名で賃料を支払つていたことが認められる)、公平を欠き、右譲渡にもかかわらず、譲渡人の賃借権が存続するとする以上に右譲受人に利益を与えることになるものであり、後記のとおり、賃借権の譲受人としては譲受賃借権による賃借物の使用収益に支障がないならばそれで十分に利益が保護され、それ以上に、賃貸人に対して新賃借としての地位を対抗しうるとする利益までも右譲受人に与える必要はないからである。

そうとすれば、被告は前記譲受けにかゝる賃借権の持分を原告に対して主張し得ず、被告との間で右持分の不存在確認を求める原告の本訴請求は正当であり、右存在確認を求める被告の反訴請求は失当である(なお、右本訴および反訴の各請求は同一請求の表裏をなし、そのうちいずれか一方については実体の判断をすべき必要性を欠くものであるが、本件の場合、その一方を却下することと双方について実体の判断することとの間に訴訟経済または訴訟上の効果においてなんらの差異もないので、右却下の措置をとる必要もなく、双方について実体の判断をする。)。

五、ところで以上のとおり、被告が原告に対し前記譲受けの賃借権持分を有しないからといつても、同持分に関する訴外会社の権利が存続している以上、被告は同持分に対応する前記区分建物を所有して本件宅地を占有することは権原のないものとはならない。

すなわち、被告は右区分建物の所有権とそれに対する賃借権持分とを取得していることは、同区分建物を賃借している以上の権原を有するものであつて、右区分建物の賃借人があつたとした場合に、同賃借人が本件宅地を占有する権原を有する場合と同様であり、それ以下に処遇されるいわれはないからである。したがつて、右権原のないことを前提とする原告の損害金請求の部分は失当である。

六、よつて被告との間で、同人が訴外会社から譲り受けたとする本件宅地賃借権持分二、六二二分の八七六について被告が権利を有しないことの確認を求める部分の原告本訴請求を正当として認容し、その余の本訴請求および被告の反訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治)

別紙 目録

第一、東京都港区芝新橋二丁目二番地一四号

宅地 二六坪二合二勺

第二、右同町同番地所在

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建一棟

建坪 約二六坪二階約二六坪

(イ) 右建物のうち、一階東南側、家屋番号同町二番二二

木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建事務所

一階床面積 四坪八合四勺

(ロ) 同じく右建物のうち、二階東側家屋番号同町二番二五

木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建事務所

二階床面積 一二坪四合六勺

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